瀬」のぶぶ漬に食指を感ずるのである。そこの横丁にある「木の実」へ牛肉の山椒焼や焼うどんや肝とセロリーのバタ焼などを食べに行くたびに、三度のうち一度ぐらいはぶぶ漬を食べて見ようかとふと思うのは、そのぶぶ漬の味がよいというのではなく、しるこ屋でぶぶ漬を売るということや、文楽芝居のようなお櫃に何となく大阪を感ずるからである。
 私の失恋はぶぶ漬が直接の原因になったけれど、一つにはKの女友達の「亀さん」が私を一目見て、なんや、あの人ひとの顔もろくろくよう見んとおずおずしたはるやないの、作文つくるのを勉強したはるいうけどちっとも生活能力あれへんやないのと、Kに私のことを随分くさしたからである。「亀さん」はあるデパートのネクタイ部で働いている女だったが、かねがね、うちは亀さんみたいに首の短い人は嫌いや、鶴みたいな人が好きやねん、亀さんは借金で首まわれへんさかいなど、わけのわからぬことを口走っていたゆえ、私はくやしまぎれに彼女に「亀さん」という綽名を呈したのである。「亀さん」はデパートに勤めているが、父親が強慾でしばしば芸者にされようとしていた。その目で見たせいか、彼女の痩形の、そして右肩下りの、線
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