いてみると、何かしらなつかしいものを感ずるのである。
 戎橋そごう横の「しる市」もまた大阪の故郷だ。「しる市」は白味噌のねっとりした汁を食べさす小さな店であるが、汁のほかに飯も酒も出さず、ただ汁一点張りに商っているややこしい食物屋である。けれどもこの汁は、どじょう、鯨皮、さわら、あかえ、いか、蛸その他のかやくを注文に応じて中へいれてくれ、そうした魚のみのほかにきまって牛蒡の笹がきがはいっていて、何ともいえず美味いのである。私は味が落ちていないのを喜びながら、この暑さにフーフーうだるのを物ともせず三杯もお代りした。狭い店の中には腰掛から半分尻をはみ出させた人や、立ち待ちしている人などをいれて、ざっと二十五人ほどの客がいるが、驚いたことには開襟シャツなどを着込んだインテリ会社員風の人が多いのである。彼等はそれぞれ、おっさん、鯨や、とか、どじょうにしてくれとか粋な声で注文して、運ばれて来るのを寿司詰の中で小さくなりながら如何にも神妙な顔をして箸を構えて、待っているのである。何気なくふと暖簾の向うを通る女の足を見たりしているが、汁が来ると、顔を突っ込むようにしてわき眼もふらずに真剣に啜るのであ
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