った。
 上等の奴やなかったら効かへんと二十円も貰った御寮人さんは、くすぐったいというより阿呆らしく、その金を瞬く間に使ってしまった。けれども、さすがに嫂の手前気がとがめたのか、それとも、やはり一ぺん位夫婦仲の良い気持を味いたかったのか、高津の黒焼屋へ出掛けた。
 湯豆腐屋で名高い高津神社の附近には薬屋が多く、表門筋には「昔も今も効能《ききめ》で売れる七福ひえぐすり」の本舗があり、裏門筋には黒焼屋が二軒ある。元祖本家黒焼屋の津田黒焼舗と一切黒焼屋の高津黒焼惣本家鳥屋市兵衛本舗の二軒が隣合せに並んでいて、どちらが元祖かちょっとわからぬが、とにかくどちらもいもり[#「いもり」に傍点]をはじめとして、虎足、縞蛇、ばい、蠑螺、山蟹、猪肝、蝉|脱《ぬけ》皮、泥亀頭、※[#「鼠+晏」、第3水準1−94−84]手《もぐら》、牛歯、蓮根、茄子、桃、南天賓などの黒焼を売っているのだ。御寮人さんはその一軒の低い軒先をはいるなり、実は女子衆《おなごし》に子供がちょっともなつかしまへんよってと、うまい口実を設けていもり[#「いもり」に傍点]の雄雌二匹を買った。
 帰り途、二つ井戸下大和橋東詰で三色ういろと、そ
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