大阪発見
織田作之助
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【テキスト中に現れる記号について】
《》:ルビ
(例)夫婦《ふたり》一緒に
|:ルビの付いていない漢字とルビの付く漢字の境の記号
(例)蝉|脱《ぬけ》皮
[#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定
(数字は、JIS X 0213の面区点番号、底本のページと行数)
(例)※[#は「鼠+晏」、第3水準1−94−84]
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一
年中夫婦喧嘩をしているのである。それも仲が良過ぎてのことならとにかく、根っから夫婦《ふたり》一緒に出歩いたことのない水臭い仲で、お互いよくよく毛嫌いして、それでもたまに大将が御寮人さんに肩を揉ませると、御寮人さんは大将のうしろで拳骨を振り舞わし、前で見ている女子衆《おなごし》を存分に笑わせた揚句、御亭主の頭をごつんと叩いたりして、それが切っ掛けでまた喧嘩だ。十年もそれが続いたから、母屋の嫂もさすがに、こんなことでこの先どないなるこっちゃら、近所の体裁も悪いし、それに夫婦喧嘩する家は金はたまらんいうさかいと心配して、ある日、御寮人さんを呼寄せて、いろいろ言い聴かせた末、黒焼でも買いイなと、二十円くれてやった。
上等の奴やなかったら効かへんと二十円も貰った御寮人さんは、くすぐったいというより阿呆らしく、その金を瞬く間に使ってしまった。けれども、さすがに嫂の手前気がとがめたのか、それとも、やはり一ぺん位夫婦仲の良い気持を味いたかったのか、高津の黒焼屋へ出掛けた。
湯豆腐屋で名高い高津神社の附近には薬屋が多く、表門筋には「昔も今も効能《ききめ》で売れる七福ひえぐすり」の本舗があり、裏門筋には黒焼屋が二軒ある。元祖本家黒焼屋の津田黒焼舗と一切黒焼屋の高津黒焼惣本家鳥屋市兵衛本舗の二軒が隣合せに並んでいて、どちらが元祖かちょっとわからぬが、とにかくどちらもいもり[#「いもり」に傍点]をはじめとして、虎足、縞蛇、ばい、蠑螺、山蟹、猪肝、蝉|脱《ぬけ》皮、泥亀頭、※[#「鼠+晏」、第3水準1−94−84]手《もぐら》、牛歯、蓮根、茄子、桃、南天賓などの黒焼を売っているのだ。御寮人さんはその一軒の低い軒先をはいるなり、実は女子衆《おなごし》に子供がちょっともなつかしまへんよってと、うまい口実を設けていもり[#「いもり」に傍点]の雄雌二匹を買った。
帰り途、二つ井戸下大和橋東詰で三色ういろと、そ
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