ゐた一人が、立てつづけに二個の煉瓦を投げつけ、ひるむところをまたもや背後から樫棒で頭部を強打したため、かの警官はつひにのめるやうにぶつ倒れたのだ。
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ところが、この事件のあった二日後の同じ新聞には、既に次のような記事が出ているのだ。
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「流血の検挙をよそに闇煙草は依然梅田新道にその涼しい顔をそろへてをり、昨日もまた今日もあの路地を、この街角で演じられた検挙の乱闘を怖れる気色もなく、ピースやコロナが飛ぶやうに売れて行く。地元曾根崎署の取締りを嘲笑するやうに、今日もまた検挙網のど真中で堂堂と煙草を売つてゐる一人の闇商人曰く――
 警察や専売局がいくら自由市場の煙草を取締つても無駄ですよ。専売局自身が倉庫から大量持ち出して、横流しをしてるんですからねえ」
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 東京の人人はこの記事を読んで驚くだろうが、しかし私は驚かない。私ばかりではない。大阪の人はだれも驚かないだろう。
 そしてまた次のことにも驚かない。
 最近大阪の闇市場では「警戒警報」「空襲警報」という言葉が囁かれている。しかし戦争中の話をしているのではない、警察の
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