何日よりと予告を発して、これまで十数回発表されたし、抜打ちの検挙も行われる。が依然として、街頭のパンやライスカレーは姿を消さず、また、梅田新道の道の両側は殆んど軒並みに闇煙草屋である。
六月十九日の大阪のある新聞に次のような記事が出ていた。
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「大阪曾根崎署では十九日朝九時、約五十名の制服警官をくり出して梅田自由市場の煙草販売業者の一斉取締りを断行、折柄の雑沓の中で樫棒、煉瓦が入れ交つての大乱闘が行はれ重軽傷者数名を出した。負傷者は直ちに北区大同病院にかつぎ込み加療中。
(目撃者の話)――この乱闘現場の情景を目撃してゐた一人、大和農産工業津田氏(仮名)は重傷に屈せず検挙に挺身した同署員の奮闘ぶりを次のやうに語つた。
――場所は梅田新道の電車道から少し入つた裏通りでした。一人の私服警官が粉煙草販売者を引致してゆく途中、小路から飛び出して来た数名がバラバラツと取りかこみ、各自手にした樫棒で滅茶苦茶に打ち素手の警官はたちまちぶつ倒れて水溜りに顔を突つ込んだ。死んだやうになつてゐた数秒、しかし再び意識をとり戻した彼が、勇敢にも駈け出した途端に両手に煉瓦を持つて待ちぶせてゐた一人が、立てつづけに二個の煉瓦を投げつけ、ひるむところをまたもや背後から樫棒で頭部を強打したため、かの警官はつひにのめるやうにぶつ倒れたのだ。
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ところが、この事件のあった二日後の同じ新聞には、既に次のような記事が出ているのだ。
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「流血の検挙をよそに闇煙草は依然梅田新道にその涼しい顔をそろへてをり、昨日もまた今日もあの路地を、この街角で演じられた検挙の乱闘を怖れる気色もなく、ピースやコロナが飛ぶやうに売れて行く。地元曾根崎署の取締りを嘲笑するやうに、今日もまた検挙網のど真中で堂堂と煙草を売つてゐる一人の闇商人曰く――
警察や専売局がいくら自由市場の煙草を取締つても無駄ですよ。専売局自身が倉庫から大量持ち出して、横流しをしてるんですからねえ」
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東京の人人はこの記事を読んで驚くだろうが、しかし私は驚かない。私ばかりではない。大阪の人はだれも驚かないだろう。
そしてまた次のことにも驚かない。
最近大阪の闇市場では「警戒警報」「空襲警報」という言葉が囁かれている。しかし戦争中の話をしているのではない、警察の
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