の建物見とくなはれ。千日前で屋根瓦のあるバラックはうちだけだっせ。去年の八月から掛って、やっと暮の三十一日に出来ましてん。元日から店びらきしょ思て、そら天手古舞しましたぜ」
 場所がいいのか、老舗であるのか、安いのか、繁昌していた。
「珈琲も出したらどうだね。ケーキつき五円。――入口の暖簾は変えたらどうだ、ありゃまるでオムツみたいだからね」
 私は出資者のような口を利いて「千日堂」を出た。
「チョイチョイ来とくなはれ」
「うん。来るよ」
 千日前へ来るのがたのしみになったよと、昔馴染に会うたうれしさに足も軽く私は帰った。
 ところが、四五日たったある朝の新聞を見ると、ズルチンや紫蘇糖は劇薬がはいっているので、赤血球を破壊し、脳に悪影響がある、闇市場で売っている甘い物には注意せよという大阪府の衛生課の談話がのっていた。
 私は「千日堂」はどうするだろうか、砂糖を使うだろうか、砂糖を使って引き合うだろうか、第一そんなに沢山砂糖が入手できるだろうかと心配した。「花屋」も元の喫茶店をやるそうだが、やはり、ズルチンを使うのだろうかと、ついでに「花屋」のことも気になった。
 しかし翌日、再び千日前
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