ていた。
 その常盤座の前まで、正月の千日前らしい雑閙に押されて来ると、またもや呼び停められた。
 見れば、常盤座の向いのバラックから「千日堂」のお内儀さんがゲラゲラ笑いながら私を招いているのだった。
「やア、あんたとこも……」
 帰って来たのかとはいって行くと、
「素通りする人がおますかいな。あんたはノッポやさかい、すぐ見つかる」
 首だけ人ごみの中から飛び出ているからと、「千日堂」のお内儀さんは昔から笑い上戸だった。
「あはは……。ぜんざい屋になったね」
「一杯五円、甘おまっせ。食べて行っとくれやす」
「よっしゃ」
「どないだ、おいしおますか。よそと較べてどないだ? 一杯五円で値打おますか」
「ある。甘いよ」
 しかし砂糖の味ではなかった。そのことをいうと、
「ズルチンつこてまんねン。五円で砂糖つこたら引き合えまへん。こんなちっちゃな餅でも一個八十銭つきまっさかいな。小豆も百二十円になりました」
 京都の闇市場では一杯十円であった。
「あんたとこは昔から五割安だからね」
 というと、お内儀さんはうれしそうに、
「千日堂の信用もおますさかいな、けったいなことも出来しめへん。――まアこ
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