る客がびっくりするほどの大きな声で、早口に喋った。
しかし、パラパラと並べられてある書物や雑誌の数は、中学生の書棚より貧弱だった。店の真中に立てられている「波屋書房仮事務所」という大きな標札も、店の三分の二以上を占めている標札屋の商品の見本かと見間違えられそうだった。
「あ、そうそう、こないだ、わてのこと書きはりましたなア。殺生だっせエ」
参ちゃんは思いだしたようにそう言ったが、べつに怒ってる風も見えず、
「――花屋のおっさんにもあの雑誌見せたりました」
「へえ? 見せたのか」
「花屋も防空壕の上へトタンを張って、その中で住んだはりま。あない書かれたら、もう離れとうても千日前は離れられんいうてましたぜ」
そう聴くと、私はかえって「花屋」の主人に会うのが辛くなって、千日前は避けて通った。焼け残ったという地蔵を見たい気も起らなかった。もう日本の敗北は眼の前に迫っており、「波屋」の復活も「花屋」のトタン張り生活も、いつ何時《なんどき》くつがえってしまうかも知れず、私は首を垂れてトボトボ歩いた。
帰りの電車で夕刊を読むと、島ノ内復興聯盟が出来たという話が出ていて、「浪花ッ子の意気」いう
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