裸電燈が薄暗くともっている。
「ここでねンねして、待ってとくれやす。直きお出《い》やすさかい」
垢だらけの白い敷蒲団の上に赤い模様の掛蒲団が、ぺったりと薄く汚くのっていた。まるで自動車にひかれた猫の死骸のような寝床であった。
「うん」
答えたものの、さすがにその中へはいる気はせず、私は川に面した廊下へ出て、煙草を吸いながら、妓《おんな》の来るのを待った。
そこからは加茂川の河原が見え、靄に包まれた四条通の灯がぼうっと霞んで、にわかに夜が更けたらしい遠い眺めだった。私はやがて汚れて行く自分への悔恨と郷愁に胸を温めながら、寒い川風に吹かれて、いつまでも突っ立っていた。京阪電車のヘッドライトが眼の前を走って行った。その時、階段を上って来る跫音が聴えた。
「おおけに、お待っ遠さんどした。カオルはんどす」
という声に振り向くと、色の蒼白い小柄な妓が急いで階段を上って来たのであろう、ハアハア息を弾ませて、中腰のまま、
「おおけに……」
と頭を下げた。すえたような安白粉の匂いがプンとした。
「まア、廊下イ出とういやしたんだか。寒おっせ。はよ閉めて、おはいりやすな」
そして、「――ほな、ごゆっくり……」と遣手が下へ降りると、妓はぼそんと廊下へ来て私の傍へ並んで立つと、袂の中から飴玉を一つ取り出して、黙って私の掌へのせた。
「なんだ、これ。――ああ飴か」
「昼間京極で買うたんどっせ」
「京極へ活動見に行ったの?」
「ううん」
と、細い首を振って、
「飴買いに行ったんどっせ」
「飴買いに……? 飴だけ買うたの? あはは……」
ふっと安心できる風情だった。放蕩の悔恨は消え、幼な心に温まって、私はその飴玉を口に入れた。紫蘇の味がした。
「おや、こりゃ紫蘇入りだね」
「美味《おいし》おっしゃろ?」
妓はすり寄って来た。私はいきなり抱き寄せて、妓の口へ飴を移した。
……川の音で眼を覚した。ふと傍を見ると、妓はまだ眠れぬらしく、飴をしゃぶりながら婦人雑誌の口絵を見ていた。
「君は飴が好きだね」
「好きどっせ。こんどお出やす時、飴持って来とおくれやすか」
「うん。持って来る」
そう言ったが、私はそれ切りその妓に会わなかった。――
大阪劇場の裏で殺されていた娘が「千日堂」へ飴を買いに来たと聴いた時、私はその妓のことを想い出したのである。
妓の肢は痩せて色が浅黒かった。殺され
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