が凍てそうに見えた。蛇の目の傘が膝の横に立っていた。
二時間経って、客とその傘で出て来た。同勢五人、うち四人は女だが、一人は裾が短く、たぶん大阪からの遠出で、客が連れて来たのであろう。客は河豚で温まり、てかてかした頬をして、丹前の上になにも羽織っていなかった。鼻が大きい。
その顔を見るなり、易者はあくびが止った。みるみる皮膚が痛み、真蒼な痙攣が来た。客の方も気づいて、びっくりした顔だった。睨みつけたまま通りすぎようとしたらしいが、思い直したのか、寄って来て、
「久し振りやないか」
硬ばった声だった。
「まあ、知ったはりまんのん?」
同じ傘の中の女は土地の者だが、臨機応変の大阪弁も使う。すると、客は、
「そや、昔の友達や」
――と知られて女の手前はばかるようなそんな安サラリーマンではない。この声にはまるみがあった。そんな今の身分かと、咄嗟に見てとって、易者は一層自分を恥じ、鉛のようにさびしく黙っていた。
「おい、坂田君、僕や、松本やがな」
忘れていたんかと、肩を敲かれそうになったのを、易者はびくっと身を退けて、やっと、
「五年振りやな」
小さく言った。
忘れている筈はない
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