のことが、妹をもたぬ豹一の心を思い掛けず遠く甘くゆすぶって来たのだった。夜汽車の窓を見る気持に似ていた。豹一は晩春の宵の生暖い風を頬に感じた。
「何故妹の奴封筒が買えなかったか知っているか?」不意に赤井が怖い顔をして訊いて来た。そして豹一の返事を待たずに、
「僕が妹の金を捲きあげてやったからだ」そう言って、にわかに赤井の顔が険しくなって来たかと思うと、不意に長い舌をぺろりと出し、
「うわあ!」とわけの分らぬ叫び声をあげた。驚いて豹一が見ると、赤井はフラフラダンスの踊子のように両手を妖しく動かせて、どすんどすんと地団太を踏みながら、長い舌をぺろぺろ出し入れしているのだ。そこが土の上ではなかったら寝ころんで暴れまわりかねない位のありさまだった。擦れ違う人々はびっくりした眼を向けていた。が、赤井の発作は直ぐ止んだ。そして、小売店、食物店、活動小屋、寄席などが雑然と並び、花見提灯の赤い灯や活動小屋の絵看板にあくどく彩られた狭くるしい京極通を歩いて行ったが、ふとひきつるような顔になると、
「どうも僕は三日に一度あんな発作が起って困るんだ」と言った。
「何か恥しいことを想い出した時だろう?」満更経
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