給仕に珈琲を註文した赤井は、ちらとその女の背後姿を見ながら、
「あいつらはなぜこんなに騒いでいるか知っとるか」と豹一に訊いた。
「上品な喫茶店だから、わざと騒いで見たいんだろう」
騒いでいる連中の一人が、子供づれの夫婦のテーブルに近づいて帽子を取ると、「いや、ガンツ、ガンツ(―非常に―)済みません」と、ぐにゃぐにゃと頭を下げながら、媚を含んだ声で言って、再びまた騒ぎの群へ飛び帰って行くありさまをにがにがしく見ながら、そう言うと、赤井は、
「それもある。ところが、此の喫茶店は代々三高生の巣で、しかもここの息子がいま三高の理乙にはいっているから、少しぐらい騒がなきゃ損だと思ってやがるんだ。それだけじゃない。今ここへ女が来たろう。お駒ちゃんて言うんだ。皆そいつに気があるもんだから、わざと騒いでいやがるんだ。黙っていても口説けない者が騒いだって口説けるもんか」
赤井は痩せた頬に冷笑を泛べた。なるほど、赤井が言った「お駒ちゃん」は皆の対象となっているらしく、騒ぎながらちらちらお駒の顔を見ているのが、豹一にもありありと分った。なかにはわざと酔っぱらった振りをしてお駒にしがみついて行く奴もいる。
前へ
次へ
全333ページ中74ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
織田 作之助 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング