帰って行き、金助にはさっぱり要領の得ぬことだった。ただ、薄地某の友人の軽部村彦という男が品行方正で、大変評判の良い、血統の正しい男であるということだけが朧気にわかった。
 三日経つと、当の軽部がやって来た。季節外れの扇子などを持っていた。ポマードでぴったりつけた頭髪を二三本指の先で揉みながら、
「実はお宅の何を小生の……」妻にいただきたいと申し出でた。金助がお君に、お前は、と訊くと、お君は恐らく物心ついてから口癖であるらしく、
「私《あて》でっか。私《あて》は如何《どない》でもよろしおま」表情一つ動かさず、強いて言うならば、綺麗な眼の玉をくるりくるり廻していた。
 あくる日、金助が軽部を訪れて、
「ひとり娘のことでっさかい。養子ちゅうことにして貰いましたら……」
 都合が良いとは言わせず、軽部は、
「それは困ります」と、まるで金助は叱られに行ったみたいだった。
 やがて、軽部は小宮町に小さな家を借りてお君を迎えたが、この若い嫁に「大体に於て満足している」と、同僚たちに言いふらした。お君は白い綺麗なからだをしていた。なお、働き者で、夜が明けるともうぱたぱたと働いていた。
 ――ここは地獄
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