大軌の構内を避けていた。学校から帰り途だったが、わざと廻り道をしていた位である。ところが、今日は、うっかりと大軌の構内を通り抜けたのであった。つまり、もう紀代子のことは半分忘れ掛けていたからである。
いきなり逃げ出そうとした。その足へ途端に自尊心が蛇のようにするする頭をあげて来て、からみついた。(ここで逃げてしまっては、俺は一生恥しい想いに悩まされねばならない。名誉を回復しなければならない)豹一は辛くも思い止った。しかし、名誉を回復するのはどういう風にして良いか分らなかった。まさか紀代子を相手に決闘も出来なかった。豹一はただまごまごしていた。そして、そんな決心にもかかわらず、紀代子の顔もろくによう見なかった。横を向いていた。
紀代子は豹一が自分の顔を見てくれないのが、恨めしかった。つと寄り添うて、
「どないしてたの? なんぜ会ってくれなかったの? 病気していたの?」
恨み言を言った。が、豹一は答える術を知らなかった。そして、答える術を知らない自分にむっと腹を立てていた。そんな顔を見ると、紀代子は、やっぱり嫌われたのかと、不安になって来た。それで一層豹一を好いてしまった。例の如く並
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