定しかねた。(なんだ! あんな少年……)
 紀代子は豹一を嫌いになるために、随分努力を図った。彼女は毎日許嫁の写真を見た。許嫁は大学の制帽を被り、頼もしく、美丈夫だと言っても良い程の容貌をしていた。彼女はそれを見ると、豹一の影も薄くなるだろうと、毎日眺めていた。が、余り屡※[#二の字点、1−2−22]眺め過ぎて、許嫁の顔も鼻に突いて来た。(此の顔はひねている。髭の跡も濃い!)彼女はそんな無理なことを考えた。なるほど豹一はおずおずとうぶ毛を見せた少年なのである。しかし、許嫁から度々手紙が来て、東京の学生生活などを書いた文句を見ると、豹一などとは段違いの頼もしさがあった。
 二週間ほど経って、豹一を嫌いになる考えが大体纒り掛けたある日、紀代子は大軌の構内でばったり豹一に出会った。思わずあらと顔を赧くした。彼女は豹一が自分を待っていてくれたと思ったのである。
(やっぱり病気だったのやわ)この考えは一縷の希望として秘めて置いたのだった。彼女は微笑を禁じ得なかった。豹一を嫌いになる考えを咄嗟に捨ててしまった。ところが、豹一は、しまったと、半分逃げ腰だった。実は、彼は紀代子に会うのが怖くて、ずっと
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