血色がわるいですね」
 豹一ははじめていくらか赧くなって、
「さっき車のなかで吐いたんです」苦笑しながら言った。
「それやいけませんね。酒は毒ですよ。あんた方にはまだ酒を飲むのは早い。よした方がいいですね」北山は日頃に似合わぬしんみりした口調で言った。
 豹一はふっと温いものが胸に落ちる想いで、「はあ」素直にきいていた。
 すると、土門が急に笑い声を立てた。
「北山からかうのはよせよ! 貴様がそんな意見が出来た柄か、あ、は、は、……」
 北山の顔を、こいつめとにらみつけた。北山もちょっとにらみかえしぷっと噴き出しそうになるのをこらえながら、済ましこんでいた。
 豹一ははじめて、北山にからかわれていたことに気がついて、気をわるくした。途端に多鶴子のことがチクリと刺す想いで想い出され、気持が沈んだ。
「おい、しっかりしろ」いきなり土門が肩を敲いた。「しょんぼりする手はさらにないと思うがね。愚僧なんかには、なんでそんなに面白くない顔をするのか、わかり、や、せんね。良い恋人をもちながら、まだ不平があるのかね? おい、こら? いっぺんどやしたろか?」
「恋人なんかありませんよ」
「ぬかしたな。
前へ 次へ
全333ページ中313ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
織田 作之助 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング