通りだった。
多鶴子は偶然矢野に会うたわけではなかった。話があるから会いたいと、矢野から場所と時間を指定した手紙が来たのだった。手紙を見た途端に、多鶴子は出掛ける心が決った。豹一に済まない気がしたかどうかは、ここで述べる筋合のものでもあるまい。矢野はやはり自分から逃げていたわけでもなかったと、ともかく多鶴子は頬を燃やしたのだ。いそいそと出掛ける気になりながら豹一に済まないもないものである。因みにいえばたいていの職業をもつ女はそんなに嫌いな男でない限り、話があるといわれれば、出掛けるものである。善良な女ほどそうだ。
話というのは、多鶴子が思った通り仕事のことであった。
「どうだね。君ひとつレコード歌手にならんかね」会うなり、矢野は事務的な口調で切り出した。
映画界へ復帰するのは当分困難だし、といって今更もう一度キャバレエ勤めでもあるまい。
「君の声なら案外ブルース物で売り出せると思うのだが……」
「しかし……」全く経験がないから……と、多鶴子がいい出すのを、
「いや、大丈夫だよ」と矢野は押えて、「君さえその気があるなら……」
「レコード会社で使って下さるの?」
「うん。大体あらかじ
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