だった。
おどろいた多鶴子の顔を想像するという消極的な残酷さを味うのがせめてもだった。
しかし、矢倉寿司の前まで来ると、豹一はもうそんな思わせぶりな態度が続けて居れず、いきなり振り向いた。
多鶴子と矢野は宗右衛門町の角で車を拾って、乗り込もうとしていた。ちらと多鶴子が困惑した表情を見せてこちらを向いた。さすがに豹一の心にはとっくに気がついていたのである。
「あ、待て、乗ったらいかん」
はっきりとそんな風に言ったかどうかは、豹一には記憶がなかった。が、ともかく、矢野のあとから車に乗り込もうとするのを見て、豹一は動物的な叫び声をあげながら、駆け寄った。その時、車は走り出した。多鶴子はじっと前を見たまま、振りむきもしなかった。
豹一はその表情に取りつく島のない気持を強いられ、なにかいまわしい想像が生々しく頭に閃いた。
「女心はわからぬものだ」月並な表現だと思う余裕もなく、豹一は思わず呟いた。
家を出るとき、妙にそわついていた多鶴子のありさまにふと不安を感じたのは、やはり虫の知らせだったかと、豹一はわれにもあらず迷信じみた考えを抱いた。
(矢野と打ち合せしてあったにちがいない)その
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