(おれは人気女優と肩を並べて歩いているのだ!)
悪い気はしなかった。が、かねがね豹一は「人気」などというものは軽蔑していた筈ではないか、それを、こんな風に喜んでいるのは、矛盾といってよいのか、あるいは彼の若さといってよいのか、――ともあれ他人がこんな考えを抱いているのを見ると、豹一はむかむかと軽蔑心が湧いて来るところだった。しかし、さすがに豹一は、そういう矛盾に気づいたのか、それとも照れていたのか、すっかり悦に入ってしまっているわけではなかった。
だから、そんな風に質問されて、「いや、光栄のいたりです」などと、たとえ笑いながらにしても、言うような莫迦げたことはしなかった。といって、咄嗟に良い返答も泛ばなかった。
「まあ、しかし……」結局、そんな風に口のなかで呟いた。
多鶴子は気色を損じてしまった。豹一は多鶴子の心の動きに敏感になっていたから、すぐ、(拙いことを言ったもんだ)と、気がついて、
「僕いま勤務時間中をサボってることになるんです。たまにサボるのも良いですね」苦しい弁解だった。
が、この言葉は釈りようによっては「私と歩くのはお嫌い?」という多鶴子の問に答えていることにな
前へ
次へ
全333ページ中281ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
織田 作之助 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング