、夜おそく人にお茶を沸かして貰えようとは夢にも希んでいなかったのだ。階下から聴える安二郎の乱暴な鼾もなぜか勉強に拍車を掛けるのに役立った。もう寝ようと、ふと窓の外を見ると、東の空が紫色に薄れて行き、軒には氷柱が掛り、屋根には霜が降りていた。さすがにしんみりとした気持になるのだった。
二年に進級する時、成績が発表された。首席になっていた。豹一はかなり幸福な気持になった。しかし、全く幸福だと言っては言い過ぎだった。何かの間違いだろうという心配があったからである。からかわれているのではないかと、身体を見廻す眼付になるのだった。自分の頭脳にはひどく自信がなかったからである。クラスの者は少くとも彼の暗記力の良さだけは認め、怖れを成していたのだが、豹一には人から敬服されるなど与り知らぬことだった。まして首席という位置は、日頃諦めている運命には似つかわしくなかったのである。
だから、自分でも屡※[#二の字点、1−2−22]首席だという事実を顧る必要があった。言い触らした。いつか「首席」が渾名になってしまった。いわば首席の貫禄がなかったのである。ふと、母親のことや坐尿のことを想い出すと、
「こんど
前へ
次へ
全333ページ中27ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
織田 作之助 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング