は多鶴子の言うままになるより仕方なかった。そんな夜更けの住宅地では、もう帰る車を拾うのも容易ではないと諦めた。しかし、その夜更けという点で、豹一もこだわっていた。「夜分のことで……」と、さっき多鶴子も言った筈だった。が、豹一は、僅かに仕事という点を自分への口実にすることが出来た。ひょんなところで新聞記者であることを自覚するところを見れば、まだまだ豹一は新聞記者ではなかった。
自動車の音でそれと気づいたらしく、玄関に灯がつけられた。
「只今!」多鶴子が声をかけると、
「お帰り遊ばせ」なかから女中の声がして、戸をひらいた。
「どうぞ! お先に……」
言われて、豹一が玄関にはいると、女中が頭を下げていた。そろえて下しているその手を見て、豹一はおやっと思った。痛々しく赤ぎれて、ところどころ血がにじんでいるとも見えた。豹一はだしぬけに母親のことを想い出した。胸がしめつけられる思いだった。
多鶴子は女中に命じて、豹一を応接間に案内させると、階下の日本間にいる母親のところへ顔を出した。
「お帰り」母親は長火鉢の前に背中を猫背にまるめて、ちょこんと坐っていた。
「未だ起きていらしたの?」
「いや
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