一層まごついてしまった豹一は重ねて変なことを言った。
「原稿は僕が書くんですか?」
 むろんそんなわかり切った質問をする気は毛頭なかったのである。むしろ、良い原稿を書くぞという意気込みを含ませて、わざとそう言ったまでのことであった。ところが、編輯長にはそれがまるで「なるべくなら、ほかの人に書いてもらいたい。僕には未だ良い記事を書く自信がありませんから……」といっているようにきこえた。編輯長はがっかりしてしまったが、とにかく、「金が要るやろ」と、伝票を書いてくれた。
 豹一はそれを持って階下の会計へ行き、金を貰った。そして再び二階の編輯室へ現れて、壁に掛けてあるオーバをとって着込み、出て行った。その後姿をちらと見て、編輯長は一層失望してしまった。豹一のオーバは母親が無理算段の金で買ってくれたものだが、いわゆる「首つり」という代物だった。日本橋の洋服屋の店頭にぶら下げてある既製品だった。寸法を間ちがえたのか、むやみに裾が長かった。それをひきずるように着て、固い姿勢で歩いて行く豹一の後姿というものは、まるで宝塚少女歌劇の男役としか見えず、どう見ても一人前の新聞記者とは受けとれなかったのである
前へ 次へ
全333ページ中223ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
織田 作之助 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング