とだともっぱら同情されていた矢先だったから、この観察も無理はなかった。その頃土門はしきりに、「俺は五十歳だ。もはや老朽だ」といいふらしていた。五十歳だとすると、つまり土門は二十年間東洋新報に勤めている勘定になるのだが、じつは東洋新報は創立以来まだ十年にしかならぬ。してみると、土門は五十歳だといいふらすことで、わざと自分の古参を自嘲しているというわけになる。いわばやぶれかぶれの五十歳なのだと、穿った観察をする者もいた。もっとひどいのになると、土門がかつていつの編輯会議にも、所謂進歩的な意見を吐いていたのは、部長になりたいばっかりの自己主張であったというのだ。しかし、それは少し酷だ。部長になり損ねたために人間が変ってしまったとは、余りに浅薄な見方ではなかろうか。が、それならば土門の変った原因はなんであるか――他人にはむろん土門自身にもはっきりわからなかった。
とにかく土門は変ったのである。入社当時の所謂過激な議論はとっくに収っていたものの、たとえば「人間の幸福は社会の進歩にある」とか、「文化が進むことによってわれわれは幸福になれるのだ」ぐらいのことはいっていた。ところが、それすらも言わな
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