て泣いた。子供にしては余り笑わなかった。泣けば、自分の泣き声に聴き惚れているかのような泣き方をした。泣き声の大きさは界隈の評判だと、自分でも知っていた。ある時、何に腹立ってか、路地の井戸端にある地蔵に小便をひっ掛けた。見ている人があったので、一層ゆっくりと小便をした。お君は気の向いた時に叱った。
八つの時、学校から帰ると、いきなり仕立おろしの久留米の綿入を着せられた。筒っぽの袖に鼻をつけると、紺の匂いがぷんぷん鼻の穴にはいって来て、気取り屋の豹一には嬉しい晴着だったが、流石に有頂天にはなれなかった。お君はいつになく厚化粧し、その顔を子供心に美しいと見たが、何故かうなずけなかった。仕付糸をとってやりながら、
「向う様へ行ったら行儀ようするんやぜ」
お君は常の口調だったが、豹一は何か叱られていると聴いた。
路地の入口に人力車が三台来て並ぶと、母の顔は瞬間|面《めん》のようになり、子供の分別ながらそれを二十六の花嫁の顔と見て、取りつく島もないしょんぼりした気持になった。火の気を消してしまった火鉢の上に手をかざし、張子の虎のように抜衣紋した白い首をぬっと突き出し、じじむさい恰好で坐ってい
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