空にオーバーも着ていないというはっきりした証拠になる!
(よし、この女を恋人にしてやる)
だしぬけにそう決心した。みっともないと言われたことが、我慢がならなかった。おまけに東京弁だ!
「どうしてとれちゃったの?」女はなおも上衣にさわっていた。香油の匂いが鼻をついた。豹一は顔をしかめた。
(まるで質屋の小僧のように俺の洋服を調べてやがる)豹一の決心はいよいよ固くなった。かつて、毎日質屋へやらされたことを腹立しく想い出した。続いて、かつてのさまざまなみじめな出来ごとが、次から次へ頭へ泛んで来た。
(こんなみじめな俺が衆人環視のなかで、この女を恋人にして見せるのは、面白い)
紀代子の顔を撲れなかった代償としても、充分やり甲斐のあることだと、豹一は胸を熱くしていた。が、衆人環視のなかで、恋人にしてみせるとは、いったいどんなことなのか、豹一にはわからなかった。ふと、顔が赧くなるような、乱暴なことを思いついた。が、さすがに実行出来なかった。それどころか、物を言おうとすると、体が固くなって来た。
(こんなことでは駄目だぞ! よし、百数えるうちに、この女の手をいきなり掴むのだぞ)そう言い聴かせた。
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