に就ては得るところがなかった。(なにが「罪」なもんか?)と、豹一は軽率にも呟いた。新聞に出ている村口多鶴子の顔には、罪とか嘆きとかいった印象は全くなかったのである。「新聞記者の前に語る」――あるいは「テーブルの間を泳ぐ」――村口多鶴子の顔はいちように妖艶とでもいいたい笑いを派手に泛べていた。まるでその写真から笑い声がきかれるようだった。イヴニングの胸のあたりにつけている花が、その笑いを一層はなやかなものにしていた。豹一は「罪の女優」とか「嘆きの女優」とか書いてあるのがどうもうなずけなかった。
(胸に花とはなんだい?)
 ありていに言えば、豹一はその写真に腹を立ててしまった。写真班が無理に笑わせたぐらいのことはわかりそうなものだのに、豹一にはそんな思慮深いところがなかった。だから、全く向う見ずに、花一つのことにも大袈裟に腹を立ててしまったのである。しかし、なぜそんなに腹が立つのであろうか。元来は虚栄心の強い男でありながら、――いやそのためか、豹一は華やかな名とか社会的な地位を鼻の先にぶら下げている連中には、一応は「因縁をつけたがる」というわるい癖があった。自然彼は弱いうらぶれたものに本義的に惹きつけられるのだった。しかし、これを正義感だと一概に片づけてしまうのは、軽卒であろう。なにかしら我慢の出来ぬ苛立った精神が、勝手気儘な好悪感の横車を通しているとでもいうところではなかろうか。いってみれば、彼には鷹揚な気持というものが生れつき備っていなかったのだ。ひとつにはこのとるに足らぬ(――と彼は思った――)女性を、大騒ぎで祭りあげている新聞記事というものに、自分が記者であることを忘れて、苦々しく思ったのである。そして、自分がそういうことを強いられている新聞記者であることを想出すに及んで、一層苦々しかった。(こういうことをさせられるのがおれの役目か?)そしてまた、序でに(おれならもう少し巧く書く)なお、つけ加えるならば、彼がなんの恨みもないのにこんなに村口多鶴子に面白からぬ感じを抱いたのは、彼が今夜彼女に会わねばならぬということも勘定に入っていた。
 その年齢からいっても、また性質からいっても、豹一にとってはどんな女性も苦手だったが、ことにこのどうやら高慢ちきそうな(――おまけに美しいと来ている――)村口多鶴子のような女は体がふるえるほど苦手だと思われた。(この女はおれを軽蔑するだろう)情けないことに、豹一はおじ気がついてしまった。すると、自分が腹立たしくなって来た。豹一はいきなり、なにが怖いもんかと起ち上って、
(勇気を出して会いに行くんだ! なんだ、こんな女ぐらい……)
 喧嘩に出掛ける男みたいに、物凄い勢でそこを飛び出した。が、村口多鶴子に会うまではまだ時間があり過ぎた。

      二

 キャバレエ「オリンピア」の「支配人」佐古五郎は昨日から引続いて、仰々しく燕尾服を着込んで、鼠のように忙しく立ち廻っていた。村口多鶴子のせいである、「支配人」ということにしているのだが、本当は宣伝部長とでもいうところだった。電機の工事人として、しばしば「オリンピア」へ工事に出掛けていたのが縁となって、「オリンピア」の電気掛りに雇われたのが、つい二、三年前のことだったが、いまでは平気で、「支配人」と自称し得るところにまで、「出世」した。所詮ただの鼠ではあるまいと業者でも評判であった。
 事実、才人であったかも知れない。てんで教養のないところなども宣伝部長としては打ってつけであった。普通の内気の人なら想像もつかないようなあくどい宣伝法を採用するなど、電機工あがりの彼を以てしてはじめて出来る芸当であった。たとえば村口多鶴子を「招聘」したことなどがそれである。歌人だとか女優くずれだとか、有名人をキャバレエに「招聘」するのは、宣伝としてはもはや常識になってしまっていることながら、村口多鶴子の場合だけは、業者もあっと驚いた。さすが佐古だと、その図太さには歯の立たぬ感じであった。
 問題の女優として宣伝されていたそのポスター価値を考えてみれば、なるほど一応は思いつけぬこともなかったが、しかしそれだけに一層なにか手の出せぬ感じだった。佐古めやりくさったとは、所詮あとの嘆きだった。一日の報酬何百円だと、そんな金ずくめの話なら、二の足も踏まなかったが、ともかく法廷にも立ち女優もやめねばならないほどの罪を犯した女ではないか。監督との醜関係の後始末を闇に葬ったと、まだ世間の記憶には血なまぐさかった。無罪にはなったというものの、やはり当分は世間へ出ることは憚るべき身である。事実機敏な映画会社でも彼女を引っこ抜くのは、もう少しあとでと思っていたくらいである。そんな村口多鶴子を引っ張り出そうとは、だから抜目のない業者もさすがに憚ったのだ。それを佐古は平気でやったのだ。いまい
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