ンクした。豹一が土門の横顔を見ると、土門は生真面目な顔をしていた。
「親友です」
バンドがタンゴの曲を伴奏すると、中井一と森凡はのろのろと立ち廻りをはじめた。急に笑い声がおこったので、なにがおかしいのかと、気をつけてみると、彼等浪人者は立ち廻りしながらタンゴのステップを踏んでいた。「もはや、これまで! さらばじゃ!」中井一はすたこらと逃げ去ってしまった。倒れていた森凡はのっそり立ち上ると、「後を慕いて!」言いながら、着物の裾をからげた。赤い腰巻が見えた。「これは失礼」森凡は裾を下した。途端に幕が降りた。
豹一はわれを忘れてげらげらと笑った。腹が痛くなるほどだった。ふと土門の顔を横眼で見ると、土門は案外つまらなそうな顔をしていた。豹一はすかされたような気になった。(面白くないのだろうか?)しかし、根っからの大阪人である土門に、以前なら知らず、この喜劇の底抜けの面白さがわからぬという筈はなかった。が、じつは土門はこの幕をもうかれこれ十日間も打っ続けに見ているのである。否応なしに見せられているのである。土門の目的は次の幕のレヴューにあった。
やがてレヴュー「銀座の柳」の幕があいた。土門はわざと腕組みなどしていたがなにかそわそわと落ちつかなかった。
「後列右から二番目の娘に惚れるなよ」土門は豹一に囁いた。
豹一は何気なく後列の右から二番目の踊子を見た。途端にどきんとした。足に見覚えがある。
先刻弥生座の前で土門を待っていた時、鮮かな印象を風のなかに残してさっと通り過ぎた少女にちがいはない。顔はしかと見覚えなかったが、痛々しいほど細いその足が心に残っていた。その時三人いたのだが、その少女だけ靴下を穿かず、むき出した足が寒そうに赤かった。
「なんという子ですか?」豹一は思わず訊いた。土門は答えた。
「東銀子」
ずんぐりと太い足にまじっているために、なよなよしたその細い足は一層目立っていた。病身の少年のように薄い胸だった。削りとったような輪郭の顔に、頬紅が不自然な円みをつけていた。耳の肉が透いて見えそうだった。睫毛の長い眼が印象的だった。
にこりともせずに、固い表情で踊っていた。つんとした感じを僅かに救っているのは、おちょぼ口をした可愛い唇であった。済まし込んで踊っているのだと、見れば見られたが、豹一はふっと泣きたそうな表情を銀子の顔に見たように思った。きびしい甘さに心を揺すぶられる想いで、豹一は銀子の顔から眼を離すのが容易でなかった。
ふと傍の土門をうかがうと、土門はなにか狼狽したありさまを見せていた。「おかしい。どうもおかしい!」唸るように土門は言った。顎のあたりが蒼くなっていた。土門はそわそわと東銀子の顔を見ていたが、やがて、なに思ったか、
「帰ろう」と、言い、いきなり席を立って、出口の方へさっさと歩いて行った。豹一は後を追った。
土門は出口のところで、立ち止った。そして振りかえって、舞台をちらと見た。土門の口から溜息のような声が出た。「あかん!」そして豹一の手を引っ張って、弥生座を出た。
六
弥生座を出ると、雪だった。しとしとと落ちて来る牡丹雪を、眩い光が冷たく照らしていた。夜の底が重く落ちて白い風が走っていた。
「寒い、寒い!」土門は動物的な声をだして、小屋の向いにある喫茶店へ飛び込んだ。豹一も随いてはいった。
ストーブで重く湿った空気がいきなり体を取りかこんだ。土門は曇った眼鏡を外した。すると、はれあがった瞼が土門の顔をふしぎに若く見せた。
土門は珈琲を一口啜ると、立ち上ってカウンターの方へ行き、電話を借りた。
「もし、もし、弥生座……?」
どこへ掛けるのかと思っていたら、つい鼻の先の今出て来たばかりの弥生座へ掛けているのだった。いかにも土門らしいと、豹一は思った。
「文芸部の北山君を呼んでくれ。……土門だよ。ツ、チ、カ、ド……東洋新報の……。あ、そう」
喫茶店の隣は銭湯だった。湯道具を前垂に包み、蛇の眼の傘をさした女が暖簾をくぐって出て来た。豹一は窓硝子の曇りを手で拭って、その女の後姿がぼうっと霞んで遠ざかって行くのを、見ていた。
再び土門の大きな声が聴えて来た。相手が電話口へ出たらしかった。
「――挨拶は抜きだ。雪どころの騒ぎか! おいけしからんぞ! 貴様なぜおれに黙ってあの娘に手をつけた? ――誰のことだとはなんだ? いわずと知れた……そうだよ、東銀子だ! 二度も言わすな。――その通り、東銀子だ! ――なに? もう一ぺんいってみろ! よくわかったねとは何ごとだ! 余人は知らず、あの娘に関してはだね、そんじょそこらの桂庵より見る眼はもってるんです。一眼見りゃわかるんだ。温泉場の三助じゃねえが……わかるんです。――ああ、お説の通り、わいはぞっこん参ってまんねん。何がわるい? 貴様も
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