言葉を聴いていると、しょっちゅうなにかに苛立っている自分が恥しくなり、ふっと和かな空気の中に浸ってしまうのだった。
やがて、「酋長の娘」の仮装行列がはじまった。他愛のない踊だった。
「下手だなあ」と豹一が言うと、野崎は、
「そうや、下手やなあ」
「全部の中でいちばん下手だろう」
「そや、そや。いちばん下手や」
「酋長の娘」が済み、あと五つ六つの仮装行列があってから、寮生の嵐踊《ストーム》が行われた。百人ほどの寮生はいずれも赤い褌一つの裸で、鐘や金盥や太鼓をそれぞれ持っていた。群衆の垣を押しのけて、その行列がぞろぞろ寮から出て来るのを見た途端、豹一はわざとらしく眼をそむけた。彼等がいずれも見物の視線に芸もなくやに下って、蛮カラ振りの効果を見物の物珍しそうな眼つきで計算していると思ったからである。
(あの仮面《めん》のような笑い方はなんだ? 彼等は観衆の拍手が必要なのだ!)
ここでも豹一の批評は苛酷だった。しかも、豹一こそこれまで観衆の拍手を必要として来たのではないか。そういう自分には気がつかなかった。
――デカンショ、デカンショと半年暮す、ヨイヨイ……。
嵐踊《ストーム》がはじまったとき、赤井が教室へはいって来た。
「君は……?」出なかったのかと訊くと、
「風邪ひくとつまらんからね。それにこんな痩せた体をさらけ出せるか」と赤井は言った。
やがて、仮装行列が全部済み、教授の投票による成績が発表された。「酋長の娘」はビリから二番目の成績だった。ざまあ見ろと思った。
校長の閉会の挨拶がはじまった時は、校庭はもはや黄昏れていた。「紅燃ゆる」を歌って散会したあと、応援団長の推戴式があった。校庭に篝火をたき、夕闇の中で酒樽を抜いて、応援歌を呶鳴り、新しい応援団長は壇上に立つと、一高に負けるなと悲痛な演説をやって、心あるものは泣くのである。応援団委員は参加人数のかり集めに躍起となった。記念祭がすむと、生徒たちは興奮しながら町へあこがれ出て行く、その足を推戴式のため食い止めなければならない。近頃応援団というものに冷淡になった功利主義者や、事なかれ主義者が多くて困るのである。応援団委員の希望、そして足を食止め易いのは新入生たちであった。豹一、赤井、野崎の三人はまごまごしていたので、寄宿舎の横の小門で掴った。豹一の子供じみた頭や、むやみに上着の袖の長い如何にも新入生らしい服装
前へ
次へ
全167ページ中48ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
織田 作之助 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング