に思い泛べた表現を借りていえば、そんな風に多鶴子の「食客」となって、二週間経った。
恋をしている証拠に、豹一はもはや多鶴子以外になんの興味も感じ得なかった。もともとたいして世上百般のことに興味をもたない彼ではあったが、しかし、少くとも彼の自尊心を刺戟することに対しては情熱的に興味をもっていた。ところが、その自尊心も彼には残り少なかった。そんな風に嫉妬に苦しみながらも多鶴子を愛している以上、自尊心にははじめから兜をぬいでいたのである。
ところが、一方多鶴子の方は、それがはじめての経験ではないという点だけでも、豹一よりいくらか余裕があった。おまけに、彼女は嫉妬する必要もない。従って彼女には豹一のこと以外になお興味をもち得る余裕があった。「人気」がそれだった。
彼女は豹一との恋以外になんら為すところのない生活に漸く焦り出して来た。もし彼女が毎晩「オリンピア」へ出掛けて、くだらぬ男たちに取りまかれていたのなら、豹一と一緒にいることにほっとした救いめいたものを感じ、そうした生活に飽くこともなかったわけだが、ただ豹一とばかしいる生活では、折角の豹一の魅力も薄らいで来るのだった。豹一の魅力をほんとうに味うためには、彼女には、やはり「俗物」とまじわることが必要だった。彼女はもう一度返り咲きすることを想った。むろん、それは彼女の虚栄からばかしではなかった。ひとつには生活の資を得る手段でもあった。
しかし、ともあれ彼女が「人気」への憧れをだんだんに見せるようになったのは、豹一にとっては苦々しいことだった。その持論からいっても苦々しかったが、ひとつはなにか不安気な気持もあったのだ。
じつは、豹一は多鶴子が矢野を愛したということがどうにも我慢がならず、散々努力したあげく、多鶴子の口から、矢野とああいう関係になったのはみな人気をあげるためで、愛したおぼえは少しもないと無理に言わせて、それをまた自分に無理に思いこませて、僅かに慰めていたのである。だから、彼女がふたたび、「人気」への色気を見せたということは、そのためには彼女はなにをしでかすかもわからぬとして漠然とした不安を、豹一の心に強いる結果になったわけである。
そしてこの不安は単なる杞憂では終らなかった。
三
ある日、多鶴子は用事があると称して、ひとりで外出した。
「どんな用事」とは豹一はなぜかきけなかった。
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