とがございましたし、……私よっぽどあれきりお店へ出るのよそうと思ったんですけど……」
 佐古の顔をまじろぎもせずに見つめながら、待合へ連れ込まれようとした晩のことを徐々に持ち出した。佐古は引き下らざるを得なかった。玄関まで見送って、
「夜分冷えますのに、御足労でした」多鶴子はそう言葉を残して、すっとなかへ消えてしまった。
 佐古は莫迦にされたような気持でぷりぷりした。多鶴子があんなに周章てて奥へはいったのは、誰かが待っているためだろうと思うと、一層腹が立った。佐古の想像通りだった。豹一が待っていたのである。
 佐古を追っぱらったあとの応接間へ多鶴子が再びはいって来ると、いままで佐古が腰かけていた椅子に豹一がいて、多鶴子が食い残したチョコレートをむしゃむしゃ食べていた。
 わるいところを見つけられたと、豹一は真赧になってしまったが、多鶴子は、
「まあ!」子供の盗み食いを見つけた母親のような顔になった。たとえ、その時豹一が子供のように見えなくとも、そしてまた、どんな見つけられてわるいようなことをしていたとしても、この時の豹一なら多鶴子の気に入った筈だ。佐古のいやな顔を見たあとだったからである。「さあ、いやな奴を追っぱらった。もう二人きりね」
 多鶴子は豹一の傍にぴったり体をつけて坐りながら言った。昨夜から妙にそわそわと落ち着かなかった母親も、多鶴子に無理に説き伏せられて、温泉へ行ってしまった。残るのは女中だけだった。
 豹一と多鶴子の仲が心配していた通りになったとはっきりわかると、ひそかに豹一に恋をしている女中は、すっかりしょげてしまって、溜息ばかしついていた。泪ぐむことさえあった。
 多鶴子はさすがにそれを気づくと、豹一にそのことを冗談めかして言った。
「あんた罪な人ね」恋をすると、いくらか下品な調子が出るのだろうか、多鶴子はそんな風に蓮っ葉に言って、豹一の膝をつねるのだった。
「痛ア!」そんな声を出す自分を、豹一はさすがに浅ましいと思い、昨夜来谷町九丁目の家へ帰らずにいることをふっと思い出し、「お帰り、えらい遅かったな。はよ寝エや、炬燵いれたるさかい」といういつもの母親の声が遠くからチクチク胸を刺して来るのだったが、もはや嫉妬のためにますます多鶴子への恋を強められている豹一には、多鶴子の傍をはなれて家へ帰るなど到底出来そうにもなかった。
 ふとした拍子に豹一が自嘲的
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