を寄せ、
「早くせんと経営者《おやじ》が来まっせ」意味あり気に囁いた。
その言葉と佐古の掌に押されて、多鶴子はさっと車内へ飛び込んだ。佐古はあとに続いて、中腰のまま扉を閉めながら、「帝塚山まで……」と、なかば多鶴子にきかせる気持で、運転手に命じた。多鶴子は佐古の言った行先に安心したさまで、はじめてクッションの奥へ体をずらした。そして車が動き出すと、習慣でコンパクトをちらと覗いた。眼尻の皺が夜更けの時間を見せていた。(今日いちにちの役目もやっと済んだ!)
しかし、未だ済んでいない者があった。佐古と、もうひとり豹一だ。
豹一は寒い風に吹かれながら、多鶴子が「オリンピア」から出て来るのを、浮かぬ顔で待っていたのだった。女給帰りを待ち受けているらしい男たちにまじっていると、(なんという仕事か?)と、むかむかして来た。しかし、やっと多鶴子が出て来ると、さすが豹一ははっと緊張した。なるべく多鶴子に見つけられぬようにと、後の方に並んでいる車のかげにかくれたが、多鶴子はむろんそんな方へは一瞥もくれず、さっさといちばん前の車に乗ってしまった。豹一はあわてて、「あの女の車をつけてくれ!」と、言いながら、運転手の返辞も待たずに飛び乗った。オーバーの長い裾が邪魔になって、文字通り転ったが、しかし眼だけは多鶴子の車から離さなかった。
「早くやってくれ!」多鶴子の車が動き出したので、豹一は気が気でなかった。
運転手はしかしのろのろと扉を閉めながら、
「どこまででっか?」
「何べん言わすんだ? あの車をつけてくれ。あの女の車」豹一は、こいつは耳が遠いんだと思うことによって腹立って来る気持を押えることにした。「早くやってくれ!」
「そない急《せ》かしたかて、前がつかえてまんがな」
「後へ下れば良いじゃないか?」豹一は到頭腹を立てた。
「後へ下ったら、二つ井戸まで行ってしまいまっせ。なんなら高津さんまで行きまひょか」
ここで喧嘩していては、多鶴子の車を見失うと思ったので、豹一は、
「頼む、早くやってくれ!」と、下手に出た。この「頼む」という言葉でやっと動き出した。そして巧みに他の車の間を抜け出た。
「金はいくらでも出す!」この言葉をもっと早く言うべきだった。急にスピードが出た。そして、徐々に前方の車との距離を詰めて行った。豹一はほっとした。が、相かわらず中腰のままだった。
多鶴子の車は道
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