あり、その時可愛がってくれた先生はアララギ派の歌人だった。因みに彼女はアンドレ・ジイドが愛読書だと、かつて映画雑誌のハガキ質問に答えたことがあった。
 彼女は余っ程席を立とうかと、思った。そんな彼女を僅かに引止めたのは、豹一の少女のような睫毛の長い美しい顔だった。ぶくぶくのオーバーの下に大人に成りきらないきゃしゃな体がかくれているのかと思うと、彼女は本気になって腹を立てることも出来なかった。生毛まで赤くして、何か言おうと力んでいるさまを見ると、彼女は、ふっとおかしくなり、
「あのウ、社はどちらですの?」随分好意を示したのだった。
 ところがその時豹一は、口も利けずにいる情けない状態から逃れ出るために、散々苦心した挙句、昼間新聞を見てむやみに彼女に腹を立てていた時の気持を無理に呼びおこして、(この女に口も利かないなんて、お前は軽蔑に価するぞ! なんだ、こんな女ぐらい……、じかに見れば年増じゃないか?)[#「年増じゃないか?)」は底本では「年増じゃないか?」」]と、ひそかに喧嘩腰になって、カッと眼を光らせていたところだった。だから、多鶴子の方から先に言葉を掛けられて見ると、物事にこだわり易い豹一は、先を越されてしまったと、ますます屈辱を感じてしまった。自然、多鶴子の問に答える豹一の言葉は普通のなまやさしい答えでは済まされない筋合いになっていた。
 ところが、運良くそこへ佐古が洋酒の瓶をもって現れたので、豹一は苦しい気持を押してまで失敬なことは言わずに済んだ。
「どないだ? 東洋新報さん。ネタがとれましたか?」
 佐古が「東洋新報さん」といってくれたので、豹一はもう多鶴子に答えなくも良いとほっとして、
「はあ、とれました」と、思わず言った。多鶴子はその言葉にあきれてしまった。その顔を見ると、豹一もさすがに、(嘘をつけ!)と、苦しかった。
「そんならもう酔ってもよろしいな。一つ、行きましょう! こら、誰にも罎にもさわらさん内緒の洋酒でっさかいな、じイわり味わうとくれやす」
 ボーイの手を借りずにわざわざ持って来てやったのだという顔で、佐古は豹一のグラスに注ぎながら多鶴子に目くばせした。多鶴子は心得て立ち上り、
「どうぞよろしく」席をはずしてしまった。豹一はあわてて、
「はあっ!」と、わけのわからぬ掛声を挨拶がわりに唸りあげて、多鶴子の後姿を見送った。
「さあ、いただきまひょ
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