るだろう)情けないことに、豹一はおじ気がついてしまった。すると、自分が腹立たしくなって来た。豹一はいきなり、なにが怖いもんかと起ち上って、
(勇気を出して会いに行くんだ! なんだ、こんな女ぐらい……)
 喧嘩に出掛ける男みたいに、物凄い勢でそこを飛び出した。が、村口多鶴子に会うまではまだ時間があり過ぎた。

      二

 キャバレエ「オリンピア」の「支配人」佐古五郎は昨日から引続いて、仰々しく燕尾服を着込んで、鼠のように忙しく立ち廻っていた。村口多鶴子のせいである、「支配人」ということにしているのだが、本当は宣伝部長とでもいうところだった。電機の工事人として、しばしば「オリンピア」へ工事に出掛けていたのが縁となって、「オリンピア」の電気掛りに雇われたのが、つい二、三年前のことだったが、いまでは平気で、「支配人」と自称し得るところにまで、「出世」した。所詮ただの鼠ではあるまいと業者でも評判であった。
 事実、才人であったかも知れない。てんで教養のないところなども宣伝部長としては打ってつけであった。普通の内気の人なら想像もつかないようなあくどい宣伝法を採用するなど、電機工あがりの彼を以てしてはじめて出来る芸当であった。たとえば村口多鶴子を「招聘」したことなどがそれである。歌人だとか女優くずれだとか、有名人をキャバレエに「招聘」するのは、宣伝としてはもはや常識になってしまっていることながら、村口多鶴子の場合だけは、業者もあっと驚いた。さすが佐古だと、その図太さには歯の立たぬ感じであった。
 問題の女優として宣伝されていたそのポスター価値を考えてみれば、なるほど一応は思いつけぬこともなかったが、しかしそれだけに一層なにか手の出せぬ感じだった。佐古めやりくさったとは、所詮あとの嘆きだった。一日の報酬何百円だと、そんな金ずくめの話なら、二の足も踏まなかったが、ともかく法廷にも立ち女優もやめねばならないほどの罪を犯した女ではないか。監督との醜関係の後始末を闇に葬ったと、まだ世間の記憶には血なまぐさかった。無罪にはなったというものの、やはり当分は世間へ出ることは憚るべき身である。事実機敏な映画会社でも彼女を引っこ抜くのは、もう少しあとでと思っていたくらいである。そんな村口多鶴子を引っ張り出そうとは、だから抜目のない業者もさすがに憚ったのだ。それを佐古は平気でやったのだ。いまい
前へ 次へ
全167ページ中114ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
織田 作之助 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング