に就ては得るところがなかった。(なにが「罪」なもんか?)と、豹一は軽率にも呟いた。新聞に出ている村口多鶴子の顔には、罪とか嘆きとかいった印象は全くなかったのである。「新聞記者の前に語る」――あるいは「テーブルの間を泳ぐ」――村口多鶴子の顔はいちように妖艶とでもいいたい笑いを派手に泛べていた。まるでその写真から笑い声がきかれるようだった。イヴニングの胸のあたりにつけている花が、その笑いを一層はなやかなものにしていた。豹一は「罪の女優」とか「嘆きの女優」とか書いてあるのがどうもうなずけなかった。
(胸に花とはなんだい?)
 ありていに言えば、豹一はその写真に腹を立ててしまった。写真班が無理に笑わせたぐらいのことはわかりそうなものだのに、豹一にはそんな思慮深いところがなかった。だから、全く向う見ずに、花一つのことにも大袈裟に腹を立ててしまったのである。しかし、なぜそんなに腹が立つのであろうか。元来は虚栄心の強い男でありながら、――いやそのためか、豹一は華やかな名とか社会的な地位を鼻の先にぶら下げている連中には、一応は「因縁をつけたがる」というわるい癖があった。自然彼は弱いうらぶれたものに本義的に惹きつけられるのだった。しかし、これを正義感だと一概に片づけてしまうのは、軽卒であろう。なにかしら我慢の出来ぬ苛立った精神が、勝手気儘な好悪感の横車を通しているとでもいうところではなかろうか。いってみれば、彼には鷹揚な気持というものが生れつき備っていなかったのだ。ひとつにはこのとるに足らぬ(――と彼は思った――)女性を、大騒ぎで祭りあげている新聞記事というものに、自分が記者であることを忘れて、苦々しく思ったのである。そして、自分がそういうことを強いられている新聞記者であることを想出すに及んで、一層苦々しかった。(こういうことをさせられるのがおれの役目か?)そしてまた、序でに(おれならもう少し巧く書く)なお、つけ加えるならば、彼がなんの恨みもないのにこんなに村口多鶴子に面白からぬ感じを抱いたのは、彼が今夜彼女に会わねばならぬということも勘定に入っていた。
 その年齢からいっても、また性質からいっても、豹一にとってはどんな女性も苦手だったが、ことにこのどうやら高慢ちきそうな(――おまけに美しいと来ている――)村口多鶴子のような女は体がふるえるほど苦手だと思われた。(この女はおれを軽蔑す
前へ 次へ
全167ページ中113ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
織田 作之助 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング