信じていた。だから野崎がもうあと三日休めるぞと言ったので、うかうか三日休むことにした。ところが、野崎の計算の間違いだとわかった。丁度その三日間だけ超過してしまったのである。そのほかに未だこんなこともあった。
第一日目の試験が済むと、彼等は例によって京極へ出て、三条通の「リプトン」で翌日の試験の秘策を練った。その日の試験は独逸語で、これは豹一の答案を写して、どうにか落第点を免れたので、紅茶の味はうまかった。レモンの香が冬の日らしい匂いをぷんと漂わせて、彼等の寝不足の眼をうっとりと細めた。が、翌日の試験は歴史である。彼等は誰もノートを持っていなかった。勉強しようにも方法がなかった。歴史の教授は及落会議でも相当辛辣だということを赤井が言い出したので、三人とも憂欝になり、紅茶を三杯ものんだ。ところが野崎が同じ中学校出身の先輩に去年のノートを借りる手があると、良い智慧を出したので、もう歴史の試験は半分終ったのも同然だと、彼等は松竹座で映画を見た。松竹座を出ると、野崎はノートを借りに行くことになった。未だそこら辺をぶらぶらしていることに未練のある赤井は時間を打ち合せて、野崎と「ヴィクター」で落ち合い、一緒に下宿へ帰ることにし、豹一は一足先に帰り、良い頃を見計って、赤井の下宿で火をおこしながら待つ。そう決めて別れた。
豹一は約束の時間より早く赤井の下宿へ出掛けて、しきりに火鉢へ新聞紙をくべていたが、炭は少しも赤くならなかった。部屋の中がさむざむとして、煙が恥しいぐらい立ちこめた。下宿の人に言って、火種を貰うなど、出来ぬ質だった。新聞紙もくべ尽してしまい、何という俺は不器用な男だと、げっそりした。ふと、煙草の吸口がよいと思い、くべてみると、蝋があるのでよく燃えた。そこをすかさず、しきりに火鉢の中へ顔を突っ込んで吹いていると、漸くおこって来た。ちょっと一時間ほど掛ったのである。が、二人はなかなか帰って来なかった。浮かぬ顔をして火鉢に凭れながら無気力に待っていると、浅ましい気持になった。
二時間ほど経ってやっと足音がしたかと思うと、赤井は真赤な顔をして帰って来た。
「君ひとりか?」と訊くと、赤井は酒くさい息をはきながら、「野崎の奴いくら待っても来ないんだ。一時間以上も待たされた。いつもの伝《でん》だと思ったから、諦めて京極で酒を飲んで帰って来たんだ」
試験中でなにか殺気立ってい
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