んな気楽なことをしょんぼり考えて、僅に心を慰めた。しかし何かに追い立てられるような気持だけは、重くるしくいつまでも去らなかった。浮かぬ顔をして、夜の町を逍遙い歩いた。まさか鹿ヶ谷の下宿へ寝れまいと思ったのである。赤井を人質に残して置いて、自分ひとりだけ呑気に下宿へ帰って寝ていられようか。喫茶店へ二回、うどん屋へ二回はいり、そこら辺当もなく、逍遙い歩いている内にだんだん夜が更けて来た。人通りが少くなり、心細くなった。七条内浜まで暗い道をとぼとぼ歩いて行って、木賃宿の割部屋へ泊った。これが赤井の言うデカダンスやと思ってみたり、もうわいは救いようのないほど堕落したと思ってみたり、赤井の顔を想い泛べてみたり、なかなか寝つかれなかった。文字通り枕を濡らす想いで夜が明けた。そして木賃宿を出ると、また一日中野良犬のように町を歩きまわっていた。放浪者を気取っていたが、気取るまでもなく、妙に薄汚く浮浪者じみて来たと思った。相かわらず、ぞおっとする想いで赤井の顔が泛んで来た。ひょっとしたら、赤井は無銭遊興で拘引されているのと違うやろかと思うと、もうへとへとになるまで歩きまわるのが義務のようだった。おかげで、京都の町の地理を随分覚え込んだ。薄汚い路地裏で、びっくりするほど色の白い綺麗な女を見て、ああえらい良えもんを見た、これが今日一日のわいの幸福やと呟いたりした。夜が更けると、また木賃宿に帰った。その夜はぐっすり眠れた。そして夜があけると、また歩きまわっていたのである。そして、三日経ったが、金が一銭も無くなると、死にたいほどの気持になり、木賃宿を出た足でふらふらと学校へ来て、授業が始まる一時間前から、ひとりしょんぼり教室に坐っていたのだった。……
そんな詳しいことは分らなかったが、野崎が口下手に問われるまま返事した言葉から想像して、たぶんそんなことだろうと、見当がつくと赤井はもう言うべき言葉を知らなかった。心配しながら、且つぶりぶり怒りながら野崎を探し廻っていたことが阿呆らしく想い出された。
「君の放浪は実に君らしい青春だよ」と赤井は辛うじて青春説を口にしたが、しかし、肚の中では、
(つまりこいつは忘れっぽい、頼り無い男なんだ)と妙に諦めていた。
だが、豹一は何か底知れぬ野崎の魅力に触れた想いで、にわかに友情が温って来た。
(俺はしょっちゅう自尊心の坐りどころを探して、苛立っているが
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