を軒並み覗いて廻った。「京屋」という古本屋で、赤井が欲しがっていたコクトウの「雄※[#「奚+隹」、第3水準1−93−66]とアルルカン」を見つけ、記憶えて置こうと、値段など訊いた。いまここに十五円の金があれば、その本を赤井のところへ持って行ってやり、そして、一緒に「ヴィクター」へ行ってその本を見ながら、赤井の音楽論が聴かれるのやがと思った。御所の芝生へごろりと寝転んで改めて金をつくる方法を思案した。が、いつかうとうとと居眠りをした。わいはいま寝てる。昨夜の寝不足がたたって、えらい疲れて歯軋りして寝てる、そんなことを夢うつつに意識しながら、一時間ばかり眼をつむったり、人の跫音で眼を覚したりしていたが、いきなりこんな呑気なことをしてられへんと欠伸をして、立ち上った。芝生の露が紺ヘルのズボンを透して、べたっと尻にへばりつき、気持がわるかった。尻をぺたぺた敲きながら、御所を出ると、足は自然に学校の方へ向いた。丸太町の電車通りに添うて熊野神社まで来ると、大学の時計台が見えた。近衛町まで来ると、もう時計の文字がはっきり見え、既に午後一時過ぎだった。直き戻って来てやると赤井に言って来たのだが、もう三時間も経っていた。身を切られるような気がした。近衛通から吉田銀座へ折れて錦林通へ出る細いごたごたした小路へはいって行った。そこに馴染の質屋があった。古着屋のような構えで、入口の陳列窓にいつか入質《いれ》て流した靴が陳列されていた。野崎はん、今日は何|入質《いれ》はるんどす?言われて考えてみたが、なかった。が、結局咄嗟に脱いだ毛糸のシャツと、帽子と万年筆と銀のメタルとで二円五十銭貸してくれた。思い掛けず金がはいったのですっかり嬉しくなり、近衛通から電車で四条河原町まで行き、長崎屋の二階へ上って、カステラを食べた。なお、紅茶を飲んだ、祇園石段下で電車を乗りかえる時に買ったチェリーの箱が空になるまで、ぽかんとして坐っていた。午後二時半になった。京極で活動を見た。出ると、午後五時だった。もうあたりは黄昏の色だった。赤井は首長くして待ってるやろな、怒っとれへんやろかと、ふとそのことを思い出すと、泣き出したくなった。が、お前ももう二十歳やないかと、固くいましめて、涙だけは流さなかった。そして、もう今となっては金を持って行っても手遅れや、赤井に会わす顔もあらへん、金をこしらえても仕様があらへんと、こ
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