、大晦日が来た。私はソワソワと起ち上ると外出の用意をした。
「年の瀬の闇市でも見物して来るかな」
呑気に聴えるが、苦しまぎれであった。西鶴の「世間胸算用」の向うを張って、昭和二十年の大晦日のやりくり話を書こうと、威勢は良かったが、大晦日の闇市を歩いてその材料の一つや二つ拾って来ようと、まるで債鬼に追われるように原稿の催促にせき立てられた才能乏しい小説家の哀れな闇市見物だった。
「西鶴は『詰りての夜市』を書いているが、俺の外出は『詰りての闇市』だ」
そう自嘲しながら、難波で南海電車を降り、市電の通りを越えて戎橋筋の闇市を、雑閙に揉まれて歩いていたが、歌舞伎座の横丁の曲り角まで来ると、横丁に人だかりがしている。街頭博奕だなと直感して横丁へ折れて行くと果して、
「さア張ったり張ったり。度胸のある奴は張ってくれ。十円張って五十円の戻しだ。針は見ている前で廻すんだから、絶対インチキなしだ。あア神戸があいた。神戸はないか神戸はないか」と呶鳴っている。
横堀がやられたのはこれだなと思って、ひょいと覗くと、さアないかと呶鳴っているのは意外にも横堀であった。昨日出て行った時に較べて、打って変ったよ
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