して総勢五人弁当持ちで朝暗い内から起きて京都の堀川まで行ったんですが……、いや、目的の金巾はあることはあったんですが、先方の言うのには千万円単位でなくちゃ渡せんちゅう訳でがしてね、スゴスゴ戻って来ると、もう夜でがした……」
 年の暮の一儲けをたくらんで簡単に狸算用になってしまったかと聴けば、さすがに気の毒だったが、しかし老訓導は急に早口の声を弾ませて、
「――しかし行ってみるもんでがすな、つまりその、金巾は駄目でがしたが、別口《べつくち》の耳寄りな話ががしてな、光が一箱十円であるちゅうんでがすよ。もっとも千箱単位でがすが、しかしどうでがす、十円なら廉うがアしょう。買いませんかな」
 と、やはり煙草を売りに来たのだった。いくら口銭を取るのか知らないが、わざと夜を選んでやって来たのも、小心な俄か闇屋らしかった。
「千箱だと一万円ですね」
「今買うて置かれたら、来年また上りますから結局の所……」
「しかし僕は一万円も持っていませんよ」
 当《あて》にしていた印税を持って来てくれる筈の男が、これも生活に困って使い込んでしまったのか途中で雲隠れしているのだと、ありていに言うと、老訓導は急に顔を赧
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