だから僕の小説は一見年寄りの小説みたいだが、しかしその中で胡坐をかいているわけではない。スタイルはデカダンスですからね。叫ぶことにも照れるが、しみじみした情緒にも照れる。告白も照れくさい。それが僕らのジェネレーションですよ」
私はしどろもどろの詭弁を弄していたのだ。「青春の逆説」とは不潔ないいわけであった。若さのない作品しか書けぬ自分を時代のせいにし、ジェネレーションの罪にするのは卑怯だぞと、私は狼狽してコップを口に当てたが、泡は残った。
しかし海老原は一息に飲み乾して、その飲みっぷりの良さは小説は書かず批評だけしている彼の気楽さかも知れなかった。だから、
「君には思想がわからないのだよ。不信といっても一々疑ってからの不信とは思えんね」と高飛車だった。
「だから、消極的な不信だといってるじゃないですか」
思わず声が大きくなり、醜態であった。
「それが何の自慢になる」
海老原はマダムに色目を使いながら言った。私は黙った。口をひらけば「しかしあんたには十銭芸者の話は書けまい」と嫌味な言葉が出そうだったからだ。ひとつには、海老原の抱いている思想よりも彼の色目の方が本物らしいと、意地の悪い観察を下すことによって、けちくさい溜飲を下げたのである。私は海老原一人をマダムの前に残して「ダイス」を出ることで、議論の結末をつけることにした。
「じゃ、ごゆっくり」
マダムも海老原がいるので強いて引き止めはしなかったが、ただ一言、
「阿呆? 意地悪《いけず》!」
背中に聴いて「ダイス」を出ると暗かった。夜風がすっと胸に来て、にわかに夜の更けた感じだった。鈴《りん》の音が聴えるのはアイスクリーム屋だろうか夜泣きうどんだろうか。清水町筋をすぐ畳屋町の方へ折れると、浴衣に紫の兵古帯を結んだ若い娘が白いワイシャツ一枚の男と肩を並べて来るのにすれ違った。娘はそっと男の手を離した。まだ十七八の引きしまった顔の娘だが、肩の線は崩れて、兵古帯を垂れた腰はもう娘ではなかった。船場か島ノ内のいたずら娘であろうか。(船場の上流家庭に育った娘、淫奔な血、家出して流転し、やがて数奇な運命に操られて次第に淪落して行った挙句、十銭芸者に身を落すまでの一生)しかし、これでは西鶴の一代女の模倣に過ぎないと思いながら、阪口楼の前まで来た。阪口楼の玄関はまだ灯りがついていた。出て来た芸者が男衆らしい男と立ち話して
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