、早々に湯を出てしまった。そして、お先きにと、湯殿の戸をあけた途端、化物のように背の高い女が脱衣場で着物を脱ぎながら、片一方の眼でじろりと私を見つめた。
私は無我夢中に着物を着た。そして気がつくと、女の眼はなおもじっと動かなかった。もう一方の眼はあらぬ方に向けられていた。斜視だなと思った。とすれば、ひょっとすると、女の眼は案外私を見ていないのかもしれない。けれどともかく私は見られている。私は妙な気持になって、部屋に戻った。
なんだか急に薄暗くなった部屋のなかで、浮かぬ顔をしてぼんやり坐っていると、隣りの人たちが湯殿から帰って来たらしい気配がした。
男は口笛を吹いていたが、不意に襖ごしに声をかけて来た。
「どないだ(す)? 退屈でっしゃろ。飯が来るまで、遊びに来やはれしまへんか」
「はあ、ありがとう」
咽喉にひっ掛った返事をした。二、三度咳ばらいして、そのまま坐っていた。なんだかこの夫婦者の前へ出むく気がしなかったのである。
「お出《い》なはれな」
再び声が来た。
すると、もう私は断り切れず、雨戸のことで諒解を求める良い機会でもあると思い、立って襖をあけた。
その拍子に、粗
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