り仕方あれしません。ところが、あの人はお習字やお花の趣味はちょっともあれしませんの」
「お茶は成さるんですか」
「恥かしいですけど、お茶はあんまりしてませんの。是非教わろうと思てるんですけど。――ところで、話ちがいますけど、貴方《おうち》キネマスターで誰がお好きですか?」
「…………」
「私、絹代が好きです。一夫はあんまり好きやあれしません。あの人は高瀬が好きや言いますのんです」
「はあ、そうですか」
絹代とは田中絹代、一夫とは長谷川一夫だとどうやらわかったが、高瀬とは高瀬なにがしかと考えていると、
「貴方《おうち》は誰ですの?」
「高瀬です」
つい言った。
「まあ」
さすがに暫らくあきれていたようだったが、やがて、
「高瀬はまあええとして、あの人はまた、○○○が好きや言うんです。私、あんな下品な女優大きらいです。ほんまに、あの人みたいな教養のない人知りませんわ」
私はその「教養」という言葉に辟易した。うじゃうじゃと、虫が背中を這うようだった。
「ほんまに私は不幸な女やと思いますわ」
朝の陽が蒼黝い女の皮膚に映えて、鼻の両脇の脂肪を温めていた。
ちらとそれを見た途端、なぜだか私はむしろ女があわれに思えた。かりに女が不幸だとしても、それはいわゆる男の教養だけの問題ではあるまいと思った。
「何べん解消しようと思ったかも分れしまへん」
解消という言葉が妙にどぎつく聴こえた。
「それを言いだすと、あの人はすぐ泣きだしてしもて、私の機嫌とるのんですわ。私がヒステリー起こした時は、ご飯かて、たいてくれます。洗濯かて、せえ言うたら、してくれます。ほんまによう機嫌とります。けど、あんまり機嫌とられると、いやですねん。なんやこう、むく犬の尾が顔にあたったみたいで、気色がわるうてわるうてかないませんのですわ。それに、えらい焼餅やきですの。私も嫉妬《りんき》しますけど、あの人のは、もっとえげつないんです」
顔の筋肉一つ動かさずに言った。
妙な夫婦もあるものだ。こんな夫婦の子供はどんな風に育てられているのだろうと、思ったので、
「お子さんおありなんでしょう?」
と、訊くと、
「子供はあれしませんの。それで、こうやってこの温泉へ来てるんです。ここの温泉にはいると、子供が出来るて聞きましたので……」
あっ、と思った。なにが解消なもんかと、なにか莫迦にされているような気がし
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