たことをすっかり忘れてしまうくらい、毎日逆立ちをやらされ、赤井は本職の落語を忘れてしまうくらい、毎日浪花節を唸らされて、いわば隊長の肴になるために、応召したようなものであった。
しかし、彼等は隊長の酒の肴になるためにのみ応召したのではない。――というのは、つまり隊長に言わせれば、
「お前たちは俺の酒の肴になると同時に、俺の酒の肴の徴発もしなければならんぞ」
という意味なのである。
言いかえれば、赤井、白崎の二人は、浪花節、逆立ちを或いは上手に或いは下手に隊長の前でやって見せると共に、外出時間を貰って、鶏、牛肉、魚などの徴発をして来なければ、一人前の兵隊とは言えない、というわけである。
その日、隊長は鶏のスキ焼きをしたいと思った。
隊長がそう思ったということは、即ち地球から鶏が姿を消してしまわない限り、赤井、白崎の両名はその欲すると欲せざるとを問わず、唐天竺までも鶏を探し出して来なければならないということと同じである。
そして、そのことはまた、もし二人が隊長の定めた時間内に、鶏を持参して帰らなければ、
「鶏の徴発が出来んとは、貴様はそれでも日本軍人か、いやしくも日本の軍人であ
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