て、ごきげんよう」
「ごきげんよう、どうもいろいろと……」
頭を下げたが、しかし彼女は立ち去ろうとしなかった。
「どうぞもう……。御遠慮なく……。市電がなくなるといけませんから」
もう夜の十時十八分であった。
「でも、あと二分ですから、見送らせていただきますわ」
時計を見て、言った。発車は十時二十分である。
「二分か。この二分の間に、俺は何か言わねばならない」
と、白崎はひそかに呟いた。
「――しかし、何を言えばいいんだろう。いや、俺の言いたいことって一体何だろう」
そう呟きながら、白崎はホームに立っている彼女の顔をしみじみと見た。その匂うばかりの美しさ!
「しかし、奇遇でしたね」
と、思わず白崎は言った。
「――おかげで退屈しないで済みました。汽車の旅って奴は、誰とでもいい、道連れはないよりあった方がいいもんですなア。どんないやな奴でも、道連れがいないよりあった方がいい」
「あらッ、じゃ、私はそのいやな奴ですの?」
「いや、そんなわけでは……。いや、断じて……」
「べつに構いませんわ」
白崎が狼狽しているので、彼女はふっと微笑した。すると、白崎はますます狼狽して、
「困
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