郷愁
織田作之助

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【テキスト中に現れる記号について】

《》:ルビ
(例)暈《かさ》のように
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 夜の八時を過ぎると駅員が帰ってしまうので、改札口は真っ暗だ。
 大阪行のプラットホームにぽつんと一つ裸電燈を残したほか、すっかり灯を消してしまっている。いつもは点っている筈の向い側のホームの灯りも、なぜか消えていた。
 駅には新吉のほかに誰もいなかった。
 たった一つ点された鈍い裸電燈のまわりには、夜のしずけさが暈《かさ》のように蠢いているようだった。まだ八時を少し過ぎたばかしだというのに、にわかに夜の更けた感じであった。
 そのひっそりとした灯りを浴びて、新吉はちょぼんとベンチに坐り、大阪行きの電車を待っていると、ふと孤独の想いがあった。夜の底に心が沈んでいくようであった。
 眼に涙がにじんでいたのは、しかし感傷ではなかった。四十時間一睡もせずに書き続けた直後の疲労がまず眼に来ているのだった。眠かった。――
 睡魔と闘うくらい苦しいものはない。二晩も寝ずに昼夜打っ通しの仕事を続けていると、もう新吉には睡眠以外の何の欲望もなかった。情欲も食欲も。富も名声も権勢もあったものではない。一分間でも早く書き上げて、近所の郵便局から送ってしまうと、そのまま蒲団の中にもぐり込んで、死んだようになって眠りたい。ただそのことだけを想い続けていた。締切を過ぎて、何度も東京の雑誌社から電報の催促を受けている原稿だったが、今日の午後三時までに近所の郵便局へ持って行けば、間に合うかも知れなかった。
「三時、三時……」
 三時になれば眠れるぞと、子供をあやすように自分に言いきかせて、――しまいには、隣りの部屋の家人が何か御用ですかとはいって来たくらい、大きな声を出して呟いて、書き続けて来たのだった。
 ところが、三時になってもまだ机の前に坐っていた。終りの一枚がどう書き直しても気に入らなかったのだ。
 これまで新吉は書き出しの文章に苦しむことはあっても、結末のつけ方に行き詰るようなことは殆どなかった。新吉の小説はいつもちゃんと落ちがついていた。書き出しの一行が出来た途端に、頭の中では落ちが出来ていた。いや結末の落ちが泛ばぬうちは、書き出そうとしなかった。落ちがあるということは、つまりその落ちで人生が割り切れるということであろう。一葉落ちて天下の秋を知るとは古人の言だが、一行の落ちに新吉は人生を圧縮出来ると思っていた。いや、己惚れていた。そして、迷いもしなかった。現実を見る眼と、それを書く手の間にはつねに矛盾はなかったのだ。
 ところが、ふとそれが出来なくなってしまったのだ。おかしいと新吉は首をひねった。落ちというのは、いわば将棋の詰手のようなものであろう。どんな詰将棋にも詰手がある筈だ。詰将棋の名人は、詰手を考える時、まず第一の王手から考えるようなことはしない。盤のどのあたりで王が詰まるかと考える。考えるというよりも、最後の詰み上った時の図型がまず直感的に泛び、そこから元へ戻って行くのである。そして最初の王手を考えるのだが、落ちが泛んでから書き出しの文章を考えるという新吉のやり方がやはりこれだった。ところが、今は勝手が違うのだ。詰み上った図型が全然泛んで来ない。書き出しの文章は案外すらすらと出て来たのだが、しかし、行き当りばったりの王手に過ぎない。いや、王手とも言えないくらいだ。これはどういうわけであろうと考えて、新吉はふと、この詰将棋の盤はいつもの四角い盤でなく、円形の盤であるためかなとも思った。実は新吉の描こうとしているのは今日の世相であった。
 世相は歪んだ表情を呈しているが、新吉にとっては、世相は三角でも四角でもなかった。やはり坂道を泥まみれになって転がって行く円い玉であった。この円い玉をどこまで追って行っても、世相を捉えることは出来ない。目まぐるしい変転する世相の逃足の早さを言うのではない。現実を三角や四角と思って、その多角形の頂点に鉤をひっかけていた新吉には、もはや円形の世相はひっかける鉤を見失ってしまったのだ。多角形の辺を無数に増せば、円に近づくだろう。そう思って、新吉は世相の表面に泛んだ現象を、出来るだけ多く作品の中に投げ込んでみたのだが、多角形の辺を増せば円になるというのは、幾何学の夢に過ぎないのではなかろうか。しかし、円い玉子も切りようで四角いということもあろう。が、その切りようが新吉にはもう判らないのだ。新聞は毎日世相を描き、政治家は世相を論じ、一般民衆も世相を語っている。そして、新聞も政治家も一般民衆もその言う所はほとんど変らない。いわば世相の語り方に公式が出来ているのだ。敗戦、戦災、失業、道義心の頽廃、軍閥の横暴、政治の無能。すべて当然のことであり、誰が考えても食糧の三合配給が先決問題であるという結論に達する。三歳の童子もよくこれを知っているといいたいところである。円い玉子はこのように切るべきだと、地球が円いという事実と同じくらい明白である。しかし、この明白さに新吉は頼っておられなかったのだ。よしんば、その公式で円い玉子が四角に割り切れても、切れ端が残るではないかと考えるのだ。
 新吉は世相を描こうとしたその作品の結末で、この切れ端の処理をしなければならなかった。が、三時になっても、それが出来なかった。一つには、もうすっかり頭が疲れ切っていた。考える力もなく、よろよろと迷いに迷うて行く頭が、ふと逃げ込んで行く道の彼方には、睡魔が立ちはだかっている。
 新吉の心の中では火のついたような赤ん坊の泣声が聴えていた。三時になれば眠れると思ったのに、眠ることの出来ない焦燥の声であった。苦しい苦しいと駄々をこねていた。どうせ間に合わないのだから、一月のばして貰って、次号に書くことにしようと、新吉は赤い眼をこすりながら、しょんぼり考えた。しかし、新吉は今朝東京のその雑誌社へ「ゲ ンコウイマオクッタ」オマチコウ」とうっかり電報を打ってしまったのだ。もう断るにしては遅すぎる。しかし間に合わない。三時を過ぎた。
 編輯者の怒った顔を想像しながら、蒲団のなかにもぐり込んで、眼を閉じた途端、新吉はふと今夜中に書き上げて、大阪の中央郵便局から速達にすれば、間に合うかも知れないと思った。近所の郵便局から午後三時に送っても結局いったん中央局へ廻ってからでなければ、汽車には乗らないのだ。
 そう思うと、新吉はもう寝床から這い出していた。そしてまず注射の用意をした。覚醒昂奮剤のヒロポンを打とうとしたのだ。最近まで新吉は自分で注射をすることは出来なかった。医者にして貰う時も、針は見ないで、顔をそむけていたくらいである。ところが、近頃のように仕事が忙しくて、眠る時間がすくなくなって来ると、もうヒロポンが唯一の頼りだった。夜中、疲労と睡魔が襲って来ると、以前はすぐ寝てしまったが、今は無理矢理神経を昂奮させて仕事をつづけねば、依頼された仕事の三分の一も捗らないのである。背に腹は代えられず、新吉はおそるおそる自分で注射をするようになった。ヒロポンは不思議に効いたが、心臓をわるくするのと、あとの疲労が激しいので、三日に一度も打てない。しかし、仕事のことを考えると、そうも言っておれないので、結局悪いと思い乍ら、毎日、しかも日によっては二回も三回も打つようになる。その代り、葡萄糖やヴィタミン剤も欠かさず打って、辛うじてヒロポン濫用の悪影響を緩和している。
 新吉は左の腕を消毒すると、針を突き刺そうとした。ところが一昨日から続けざまにいろんな注射をして来たので、到る所の皮下に注射液の固い層が出来て、針が通らない。思い切って入れようとすると、針が折れそうに曲ってしまう。注射で痛めつけて来たその腕が、ふと不憫になるくらいだった。
 新吉は左の腕は諦めて、右の腕をまくり上げた。右の腕には針の跡は殆どなかったが、その代り、使いにくい左手を使わねばならない。新吉はふと不安になったが、針が折れれば折れた時のことだと、不器用な手つきで針の先を当てた。そして顔を真赤にして唇を尖らせながら、ぐっと押し込んでいると、何か悲しくなった。こんなにまでして仕事をしなければならない自分が可哀想になった。しかし、今は仕事以外に何のたのしみがあろう。戦争中あれほど書きたかった小説が、今は思う存分書ける世の中になったと思えば、可哀想だといい乍ら、ほかの人より幸福かも知れない。よしんば、仕事の報酬が全部封鎖されるとしても、引き受けた仕事だけは約束を果さねばならないと、自虐めいた痛さを腕に感じながら、注射を終った。
 書き上げたのは、夜の八時だった。落ちは遂に出来なかったが、無理矢理絞り出した落ちは「世相は遂に書きつくすことは出来ない。世相のリアリティは自分の文学のリアリティをあざ嗤っている」という逆説であった。何か情けなくて、一つの仕事を仕上げたという喜びはなかった。こんなに苦労して、これだけの作品しか書けないのか、と寂しかった。
 そして、その原稿を持って、中央局へ行くために、とぼとぼと駅まで来たのだった。郵便局行きは家人にたのんで、すぐ眠ってしまいたかったが、女に頼むには余りにも物騒な時間である。それに、陣痛の苦しみを味わった原稿だと思えば、片輪に出来たとはいえ、やはりわが子のように可愛く、自分で持って行って、書留の証書を貰って来なければ、安心出来ないという気持もあった……。電車はなかなか来なかった。
 新吉はベンチに腰掛けながら、栓抜き瓢箪がぶら下ったようなぽかんとした自分の姿勢を感じていた。
 新吉はよく「古綿を千切って捨てたようにクタクタに疲れる」という表現を使ったが、その古綿の色は何か黄色いような気がしてならなかった。
 四十時間一睡もせずに書き続けて来た荒行は、何か明治の芸道の血みどろな修業を想わせるが、そんな修業を経ても立派な芸を残す人は数える程しかいない。たいていは二流以下のまま死んで行く。自分もまたその一人かと、新吉の自嘲めいた感傷も、しかしふと遠い想いのように、放心の底をちらとよぎったに過ぎなかった。
 ただ、ぼんやりと坐っていた。うとうとしていたのかも知れない。電車のはいって来た音も夢のように聴いていた。一瞬あたりが明るくなったので、はっと起ち上ろうとした。が、はいって来たのは宝塚行きの電車であった。新吉の待っているのは、大阪行きの電車だ。
 がらんとしたその電車が行ってしまうと、向い側のプラットホームに人影が一つ蠢いていた。今降りたばかりの客であろう。女らしかった。そわそわとそのあたりを見廻しながら、改札口を出て暫く佇んでいたが、やがてまた引きかえして新吉の傍へ寄って来た。四十位のみすぼらしい女で、この寒いのに素足に藁草履をはいていた。げっそりと痩せて青ざめた顔に、落ちつきのない表情を泛べ乍ら、
「あのう、一寸おたずねしますが、荒神口はこの駅でしょうか」
「はあ――?」
「ここは荒神口でしょうか」
「いや、清荒神です、ここは」
 新吉は鈍い電燈に照らされた駅名を指さした。
「この辺に荒神口という駅はないでしょうか」
「さア、この線にはありませんね」
「そうですか」
 女はまた改札口を出て行って、きょろきょろ暗がりの中を見廻していたがすぐ戻って来て、
「たしかここが荒神口だときいて来たんですけど……」
「こんなに遅く、どこかをたずねられるんですか」
「いいえ、荒神口で待っているように電報が来たんですけど……」
 女は半泣きの顔で、ふところから電報を出して見せた。
「コウジ ング チヘスグ コイ。――なるほど。差出人は判ってるんですか」
 新吉が言うと、女は恥かしそうに、
「主人です」と言った。
「じゃ、荒神口に御親戚かお知り合いがあるわけですね」
「ところが、全然心当りがないんです。荒神口なんて一度も聴いたことがないんです」
「しかし、おかしいですね。荒神口に心当りがあれば、たぶんそこで待っておられるわけでしょうが、そうでないとすれば、駅で待っておられるんでしょうね。しかしスグコイといったって、この頃の電報は当てにならないし、待ち合わす時間が書いてないし、電報を
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