の一途さにかぶさっている世相の暗い影から眼をそむけることはやはり不可能だった。
しかし、世相の暗さを四十時間思い続けて来た新吉にとっては、もう世相にふれることは反吐が出るくらいたまらなかった。新吉はもうその女のことを考えるのはやめて、いつかうとうとと眠っていた。
揺り動かされて、眼がさめると、梅田の終点だった。
原稿を送って再び阪急の構内へ戻って来ると、急に人影はまばらだった。さっきいた夕刊売りももういない。新吉は地下鉄の構内なら夕刊を売っているかも知れないと思い、階段を降りて行った。
阪急百貨店の地下室の入口の前まで降りて行った時、新吉はおやっと眼を瞠った。
一人の浮浪者がごろりと横になっている傍に、五つ六つ位のその浮浪者の子供らしい男の子が、立膝のままちょぼんとうずくまり、きょとんとした眼を瞠いて何を見るともなく上の方を見あげていた。
そのきょとんとした眼は、自分はなぜこんな所で夜を過さねばならないのか、なぜこんなひもじい想いをしなければならないのか、なぜ夜中に眼をさましたのか、なぜこんなに寒いのか、不思議でたまらぬというような眼であった。
父親はグウグウ眠っている。
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