《よみがえ》った嫉妬の激しさであろうか、放心したような寺田の表情の中で、眼だけは挑みかかるようにギラついていた。
だから、今日の寺田は一代の一の字をねらって、1の番号ばかし執拗《しつよう》に追い続けていた。その馬がどんな馬であろうと頓着《とんちゃく》せず、勝負にならぬような駄馬《バテ》であればあるほど、自虐《じぎゃく》めいた快感があった。ところが、その日は不思議に1の番号の馬が大穴になった。内枠《うちわく》だから有利だとしたり気にいってみても追っつかぬ位で、さすがの人々も今日は一番がはいるぞと気づいたが、しかしもうそろそろ風向きが変る頃だと、わざと一番を敬遠したくなる競馬心理を嘲笑《ちょうしょう》するように、やはり単で来て、本命のくせに人気が割れたのか意外な好配当をつけたりする。寺田ははじめのうち有頂天《うちょうてん》になって、来た、来た! と飛び上り、まさかと思って諦めていた時など、思わず万歳と叫ぶくらいだったが、もう第八|競走《レース》までに五つも単勝を取ってしまうと、不気味になって来て、いつか重苦しい気持に沈んで行った。すると、あの見知らぬ競馬の男への嫉妬がすっと頭をかすめるの
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