黙ってみていたのだが、どうやらそうではなくなったのに、憂鬱《ゆううつ》になってしまったのだ。変に国士を気取ったりして、むしろ滑稽だった。国士という言葉が泣く。
 つまりは、お前は何としても名誉がほしかったのだ。成金の縁者ごのみというが、金のつぎの野心は名誉と昔から相場はきまっている。そう思えば、べつだん不思議でもないわけだが、しかし、そうはっきりと眼の前で見せつけられると、やはりたまらないものだ。
 ことに、お前のやつは、何かをびくびく怖れての所業だ。だから、一層おれはいやだった。成金は金があるというだけで、十分だ。それ以上、なにを望むというのか。金を儲けたという、すさまじい重圧の下で、じっと我慢してりゃ良いのだ。じたばたする必要はないのだ。金があって苦しければ、そっくり国家へ献金すれば良いのだ。じたばたするのは、臆病だ。――おれはもう黙って見ていられなかった。いや、ますます黙したのだ。
 おれはお前を金持ちにしてやるために、随分かげになり、日向《ひなた》になり権謀術策も用いて来たが、その目的も達した以上、もはやおれの出る幕ではない、と思ったのだ。
 おれはおれのしたいことだけを、して
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