五

 ――馴れぬ手つきで揉みだした手製の丸薬ではあったが、まさか歯磨粉を胃腸薬に化けさせたほどのイカサマ薬でもなく、ちゃんと処方箋を参考にして作ったもの故、どうかすると、効目があったという者も出て来た。市内新聞の隅っこに三行広告も見うけられ、だんだんに売れだした。売れてみると、薬九層倍以上だ。
 たちまち丹造の欲がふくれて、肺病特効薬のほか胃散、痔の薬、脚気《かっけ》良薬、花柳病《かりゅうびょう》特効薬、目薬など、あらゆる種類の薬の製造を思い立った。いわば、あれでいけなければこれで来いと、あやしげな処方箋をたよりに、日本中の病人ひとり余さず客にして見せる覚悟をころころと調合したのである。
 間もなく河原町の裏長屋同然の店をひき払って、霞町附近に「川那子メジシン全国総発売元」の看板を掛けた。同じヤマコを張るなら、高目に張る方がよいと、つい鼻の先の通天閣を横目に仰いで、二階建ての屋根の上にばかに大きく高く揚げたのだ。
 そのように体裁だけはどうにか整ったが、しかし、道修町の薬種問屋には大分借りが出来、いや、その看板の代金にしたところで……。そんな状態ではいくら総発売元と大
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